03-6261-3706
平日9:00〜18:00

◆  このページのお奨めポイント  ◆

元の会社の顧客を奪ったり、かつての同僚を引き抜いたことで訴えられた人(訴えられそうな人)のためのページです。 会社側ではなく退職者側の立場で、裁判に勝つためのポイントを書いています。

顧客奪取や引き抜きの違法性について、具体的に会社とどう争うのかや賠償金額を減らすための主張に踏み込んだWebページは他にあまり無いようなので、このページには情報価値があると思います。

会社から訴えられた 引き抜き・顧客への営業

【前のページ】  « 競業避止義務 就職の制限

会社から訴えられました。退職後に顧客を奪ったのが違法だというのですが、そんなものなんですか? 自由競争ではないんですか?

労働者の退職後の行動を制限する競業避止義務契約には、大きく分けて次の2つがあるのでした。↓

  • 退職後に独立やライバル企業への転職をしない(就職制限)
  • 退職後に顧客を奪ったり従業員の引き抜きをしない(勧誘制限)

こうした契約は、憲法で保障された職業選択の自由を制限することになるので、むやみやたらと認めるわけにはいきません。 たとえ会社と退職者に合意があったとしても、です。

裁判所は次の7点を考慮して、そうした合意を有効と認めるべきかどうかを判断するのでした。↓

  • 合意の有無

    そうした契約があったか。
  • 企業の守るべき利益

    保護すべき機密などが会社にあったか。
  • 従前の地位

    退職者が機密を知る立場にあったか。
  • 制限の期間

    期間の制限があるか。
  • 制限される地域の範囲

    地域の制限があるか。
  • 制限される職種・行為の範囲

    その他、制限される職種や行為の範囲が限定されているか。
  • 代償措置の有無

    制限の対価が支払われているか。

しかしこの7点が重い意味を持つのは、あくまで就職制限のケース、すなわち・・↓

  • 退職後に独立やライバル企業への転職をしない

の場合であり、勧誘制限のケース、すなわち・・

  • 退職後に顧客を奪ったり従業員の引き抜きをしない

の場合では、裁判所からかなりゆるやかに判断されてしまいます。

こちらが、より不利になるということですか。
はい、やはり就職制限と違い、基本的人権を制限するものという意味合いが弱くなるところがあるので、競業避止義務が認められやすくなるのです。

とりわけ大きな違いは、会社との合意の有無が、必ずしも問題にならないことです。

「退職後に顧客を奪いません」なんて契約を、そもそもぼくは結んでいないんですが・・

というケースであっても、派手に顧客の奪取や同僚の引き抜きを行っていると、

それはやり過ぎでアウトです。

ということで裁判に負けてしまいます。その場合は「競業避止義務違反」ではなく、「不法行為」という扱いになるのですが、そこはまぁどうでもいい所でしょう。とにかく負けてしまうのです。

Point

退職後の顧客奪取や従業員の引き抜きは、会社との競業避止義務契約の合意がなくても違法になりうる。

逆に、

退職後は顧客を奪わないことを約束します。

という合意が会社との間にあっても、それがそのままルールとなるわけではなく、先に挙げた7つのポイントにより裁判官が契約の合理性を判断します。その結果として、

そんな契約は守る必要ありません。

と判断される可能性もあるのです。 少し分かりにくい話です。競業避止義務契約の合意があれば会社に有利な材料になるものの、合意の有無が決定的な意味を持つわけではない、ということです。

大まかに言うのであれば、裁判の勝ち負けは次のように決まります。↓

在職中の競業準備行為があると厳しい。退職後に派手な引き抜き等があると厳しい。それらがなく、競業避止義務の合意があったのなら五分五分。合意がなかったのなら有利

あくまで大まかな見立てです。勝つために、あるいは負けても賠償金を大きく減らすために、戦えるポイントはたくさんあるので諦めないでください。

裁判で請求されるもの

違法行為に対しての賠償金を求められます。 差し止め(=顧客への営業等の停止)を請求されるケースもあります。

賠償金についていえば、顧客等を奪われたことによる会社の損失分を請求されるので、億単位の高額になることも珍しくありません。
(関連:『競業避止義務違反の賠償金額』)

しかし言いがかりのような請求であったり、よく調べてみれば会社の損失といえないものまで上乗せされていることも多いです。注意深く反論し、賠償金を減らしていくことが重要です。

どんな風に会社と争っていくのかは、これからご紹介します。

勝つためのポイント

退職後の顧客奪取や従業員の引き抜きについて裁判で争いになる部分は、就職制限のケースと重なりますが、既に述べたように、裁判所からよりゆるやかに(=会社有利に)判断される傾向があります。

加えて、こちらのケースでは損害賠償金の額も大きな争点となります。

ここでは就職制限のケースでは書かなかった新たな部分について、挙げていこうと思います。

の2つに分けて説明します。
(クリックでそれぞれの項目に飛びます)

在職中の行為

競業避止義務をめぐる争いは、退職後の引き抜き等の行為を問題にするものですが、そうした競業行為は在職中からその準備が始まっていることがあります。

独立しようという人は、あるていど見通しが立ってから会社を辞めたいと考えるので、まだ会社を辞めていないうちから取引先に、

ぼくが独立したらうちと取引きしませんか?今の会社より安くするので。

と持ちかけたり、 職場の同僚を、

独立しようと思ってるんだけどついてきてくれないかな。

と誘ってしまいがちなのですが、実はそれはなかなかリスクのある行為です。

従業員は会社の利益のために働くべき存在です。それが会社に損失を与えることをあえて行っていたというのは、会社への裏切りであるとして、裁判でかなり不利になる材料です。

逆に会社としてはその点を立証できれば有利なので、従業員に聞き取りをするなどして、在職中から裏切り行為があったことを何としても突き止めようとしてきます。

それに対してこちらの争い方は大きく3つです。↓

  • 裏切り行為をしていない
  • そのぐらいは許容範囲だ
  • 会社に損害を与えていない

1.裏切り行為をしていない

会社のいう行為をアオバさんはしていない。

事実関係を争うパターンです。
会社はよく、

アオバは上司の立場を利用して、在職中からうちの従業員を執拗に勧誘した。脅しまがいのことも言った!

であるとか、

アオバは契約を奪うためにうちの会社の根も葉もない悪い噂を取引先に流し、契約を解消させた!

であるとか、

アオバは辞める前に会社のデータを消していった。業務を混乱させ、それに乗じて取引先を奪った!

であるとかまぁいろいろ言ってくるのですが、なんの証拠もなかったり言いがかりであることが少なくありません。

2.そのぐらいは許容範囲だ

アオバさんのしたことは、違法行為と呼べるほどのものではない。

するにはしたが、大したことではない、と主張するパターンです。 在職中に顧客奪取を試みたといっても、

独立するんでその時はよろしく!

と顔見知りの取引先にあいさつをする程度の働きかけは悪質といえないでしょう。

同僚の引き抜きについても、

具体的な雇用条件を提示したわけでもなく世間話ていどのようだったので、問題ないでしょう。

とされた裁判例もあれば、

条件提示もあったようですが、執拗に勧誘したわけでもなさそうなので、まぁいいでしょう。

とされたケースもあります。

在職中の引き抜きでよく問題になるのが、従業員の一斉退職です。

会社を機能不全に陥らせるために一斉退職を画策し実行した。悪質な行為だ!

と会社は言ってくるのですが、そもそもなぜ一斉退職が起きるようなことになったのでしょうか。 たいてい会社にも何か問題があるものです。

経営状態が悪かったのかもしれません。会社の将来に不安を覚えて従業員が転職を考えることは、責められないことでもあるでしょう。

社長が横暴だったのかもしれません。パワハラ、ワンマン、身内をひいきし部下を正当に評価しない、 目先の利益を求めて従業員をすぐにリストラする・・。

従業員の生活を守ることも会社の務めではないんですか!

と幹部として社長をいさめた結果、折り合いが悪くなり、退職することとなった。しかし部下の人望はとうぜん彼のほうにある。

アオバさんが独立するならついていきますよ。
ぼくも。
わたしも。
みんな・・。

といったケースなら、一斉退職のもつ意味はだいぶ変わってきます。

一斉退職は共謀の結果というより、会社が自ら招いたことでしょう。

と判断されるかもしれません。

3.会社に損害を与えていない

顧客を奪ったというが、顧客にはもともと会社と取引を続ける意思がなかった。会社に実害は生じていない。

どうせ会社が失う案件なのだから、独立して自分が取ってしまおう、と従業員が考えるケースがあります。

おたくの会社にはいろいろ不満だから契約を解消するわ。
じゃあ次はぼくの会社に任せてくれませんか?もうすぐ会社を辞めて独立するんですよ。
あらそうなの。まぁ悪い話ではないかもねぇ。

といったケースです。この場合、会社が受けた損害はないことになります。もともと契約できなかったのですから。

とかく会社は、

アオバが在職中に取引先を奪うという卑劣な行為を働かなければ、うちの会社は3年は契約を続けられたはずだ。3年分の取引額を損害賠償しろ!

などと言ってくるのですが、

3年も続けられたはずがないですよ。会社は後任を育ててなくて、ぼく以外にあの仕事をできる人はいなかったんですから。

といったケースは多々あります。

取引先はアオバさんの実力を評価し契約を続けていたのであるから、どのみちアオバさんが辞めればすぐに契約を解消したはずだといえる。

会社が要求する賠償額には根拠がない。

という主張は、賠償金額を大きく減らしてくれる可能性があります。

退職後の行為

すでに述べたように、退職後の顧客奪取や引き抜きは、競業避止義務の合意の有無にかかわらず、適法になったり違法になったりします。

要は悪質な場合は、競業避止義務の合意がなくてもアウトだということです。

悪質ではないけれど競業避止義務で一切の引き抜き等が禁止されているから訴えられています、というケースでは、争点は就職制限のケースと似てきますので、そちらをご覧ください。

ここでは行為の悪質性や損害賠償金の額を争点にしたときの、勝つための主張をご紹介しましょう。

  • 顧客奪取で訴えられたとき
  • 引き抜きで訴えられたとき

の2つに分けます。

1.顧客の奪取で訴えられたときの戦い方

こちらが奪ったのではない
アオバさんが取引先を奪ったのではなく、取引先がアオバさんを選んだのである。

こちらは積極的に営業をかけておらず、向こうからこちらに連絡をしてきた、なにしろ取引先がこちらを選ぶのは当然のことだったのだから。

といえる材料があるなら主張していきます。 それは取引先からの信頼かもしれませんし、価格やサービスにおける優位性かもしれません。

会社の所有物を利用していない
退職後に顧客に営業をかけるにあたって、アオバさんは会社の所有物を利用していない。

顔見知りの顧客に退職後に営業をかけるのは、会社の情報を奪ったという面が弱まるので、悪質性が低下します。

仕事を通して築き上げた人脈は、完全に労働者の所有物ではないかもしれませんが、さりとて完全に会社のものでもないでしょう。

そこで会社はよく、

アオバは会社の顧客リストを持ち出して、退職後に営業に使った!

と主張してくるのですが、何も証拠を出せないケースが少なくありません。

会社の情報は役に立っていない
アオバさんが持ち出したとされる情報は、アオバさんが顧客を獲得するにあたって役立っていない。

退職者が会社からなんらかの情報を持ち出したことが明らかなケースであっても、その情報を利用して営業を成功させたわけではないかもしれません。

会社はよく、

アオバは取引先との契約金額のデータを持ちだしたから、その情報を使ってこちらより安い金額を提示して顧客を奪うことができた!

といった主張をしてきますが、

アオバさんは安い金額で顧客を獲得していない。

や、

いくらで取引きしているかは営業先に訊けば教えてもらえるのであり、情報価値は低い。

といった反論ができるかもしれません。

契約期間に根拠がない
会社の主張する「契約できていたはずの期間」には根拠がない。

在職中の競業準備のケースでも述べましたが、会社はよく、

アオバが取引先を奪わなければ、うちの会社は3年は契約を続けられたはずだ。3年分の取引額を損害賠償しろ!

などと言ってきます。しかしそうした3年などの期間には、特に根拠がなく過大であることも少なくありません。

取引先は会社のサービスレベルに強い不満を抱いていたのであるから、3年どころかごく短期間でどのみち契約を解消されていた。
取引先はアオバさんの実力を評価していたのだから、アオバさんがいなくなった会社と契約を続けたはずがない。

といった主張は有効です。さらに、

会社はアオバさんに取られた契約を競争によって取り返せばいいだけの話であり、指をくわえて3年見ていることを前提に損害額を主張するのは不当である。

と言えるかもしれません。取引の契約が1ヶ月ごと、3ヶ月ごとといった短期なのであれば、取り返す機会は多くあるはずです。

こちらはなにも会社が取引先に営業をかけることを禁止しているわけではないのですから。

自ら開拓した顧客である
会社が奪われたと主張する顧客は、アオバさんが自ら開拓したものである。

会社の協力がろくになく自らの努力で獲得した顧客なのだから会社の財産という意味合いは薄い、と主張します。

近頃ではSNSなどを使って従業員がほとんど独力で顧客を見つけてくるケースも珍しくないでしょう。

退職から時間が経過している
アオバさんが顧客を取ったのは、退職から半年も経った時のことである。

退職から時間が経過するほど、顧客奪取の悪質性は弱まります。

損害額が間違っている
会社の主張する損害額からは、原価や経費が控除されていない。

1000万円の取引が奪われたから損害賠償金は1000万円だ、という主張を実に多くの会社がしてきます。

しかしそれはあくまで売り上げであり、利益ではありません。原価等を引けば会社の利益はその数分の一かもしれないわけで、それが正当な損害額のはずです。

利益率が間違っている
会社の主張する利益率は水増しされている。

さきほど述べたように、奪われた取引の売り上げをもって損失だと主張してくる会社が多いのですが、中にはきちんと(?)利益率を掛けてくる会社もあります。しかし、

うちの利益率はだいたい40%ぐらいだから、奪われた取引金額の40%を賠償請求する!

と会社が言ってきたとき、その40%といった数値を信用することはできません。

単純に真っ赤な嘘かもしれませんし、いちばん利益の出ていた取引や時期を挙げているのかもしれません。

会社の顧客ではない
会社は顧客を奪われたと主張するが、まだ顧客ではなかった。

まだ交渉中であり契約できるかもわからなかった相手を、顧客だったと主張してくる会社もあります。

こちらが与えた損害ではない
会社とA社の取引額が減ったことは、アオバさんとは無関係である。

会社はよく、

アオバがA社との取引を奪ったことで、うちとの取引額は5000万円も減った。5000万円払え!

と言ってくるのですが、

アオバさんがA社としている取引の額は、年に100万円しかありません。 5000万円の大部分は、明らかにアオバさんと無関係でしょう。
・・・・
嘘をついていない
アオバさんは嘘をついて顧客を取ったわけではない。

よくあるケースですが、

うちの会社がもうすぐ倒産すると嘘をついて顧客を奪ったらしいな。許せん!卑怯だ!不当だ!

と会社は言ってきます。根も葉もない言いがかりなこともある一方で、まぁそういうようなことを実際こちらが言っている場合もあります。営業をかける際につい言ってしまいがちなのです。

しかし本当に会社の経営状態が危ぶまれるケースだったのなら、完全に嘘だったとはいえません。そもそも経営状態が悪かったからこそ退職した、というケースは多々あります。

それに相手方がこちらの発言をどこまで深刻に受け止めたのかもわかりません。

業界では取引先の変更はざらにあることであり、アオバさんの発言が原因だと考える理由がない。
アオバさんの発言後も、取引先は会社との取引を全て停止してはいない。アオバさんの発言を取引先は重く受け止めていなかったと推察できる。
競業していない
顧客に営業をかけたと会社は言うが、アオバさんの事業は会社と競合関係にない。

会社が中学生向けの学習塾を運営しているなら、従業員が退職後にその顧客リストを用いて高校生向け学習塾の営業をかけたとしても、競業したとはいえないはずです。

会社の事業とこちらの事業になにか異なる点があるのであれば、そこを主張していきます。

2.引き抜きで訴えられたときの戦い方

積極的に引き抜きを行っていない
アオバさんは積極的に同僚に引き抜きを働きかけていない。同僚の一斉退職は、彼らが自らの意思で行ったものである。

複数の従業員をいっせいに引き抜かれたケースにおいて会社は、

一斉に引き抜くことでうちの会社を機能不全に陥らせた!

という主張をしてきますが、

従業員たちは人望のあったアオバさんを慕って、自らの意思で転職したのである。
最初から機能不全だったからみな自分の意思で転職したのである。

とも考え得るわけで、一斉退職が起こったことが、こちらが積極的な引き抜きを行った証拠であるとはいえません。 したと言うなら、その証拠を会社が出すべきです。

会社の立場でみるなら、元の会社からこちらに転職をした社員は、いわば既にこちら側の人間であるわけですから、聞き取りをするなどして引き抜きの証拠をつかむのが難しい場合もあるでしょう。

なお会社に、

  • 経営状態が悪かった
  • 未払い給与があった
  • 賃金を大きく下げた
  • セクハラ・パワハラがあった

などの事実があった場合は、従業員が自発的に転職をしたのではないか、ということで、こちらに有利な材料となります。

反対にこちらの側に、

  • 転職をしぶる従業員を説得している
  • 引き抜かれた者たちの退職届の様式が似ている
  • 会社に引き抜きの動きが悟られないよう皆で示し合わせている
  • 決起集会をしている
  • 引き抜きと同時進行で会社にダメージを与える計画を立てている(マスコミにスキャンダルを流すなど)

といった事実があるようだと、積極性や計画性、悪質性を高めるものとして、こちらに不利な材料となってしまいます。 会社が何の証拠もなくこうした主張をしてくるケースはよくあります。

充分な時間の余裕を与えた
仮にアオバさんが従業員を引き抜いたのだとしても、退職した人たちは退職の3ヶ月前にその意思を会社に伝えている。会社が人員を補充するなどの時間的余裕は充分にあった。

法的には、従業員は退職の2週間前にその意思を会社に伝えれば良いことになっていますが、さらに余裕をもって伝えていれば、引き抜き行為の悪質性が弱まります。

転職を慰留する時間が充分にあったのにしなかったのであれば、会社にとって大きな打撃がないとの判断だったということになりますし、慰留に失敗したのなら、転職は従業員の強い意思であり、こちらが強引に引き抜いたわけではないということになり、いずれにせよこちらに有利な材料となります。

引き抜きに成功していない
アオバさんによるA氏の引き抜きは、けっきょく成功していない。

会社は残っている従業員から聞き取りを行い、

Aはアオバから強引な引き抜きの誘いを受けたと言っている!

と主張してきますが、

A氏はそちらの従業員であるので、証言は信用できない。

ともいえれば、

仮にアオバさんによる引き抜きの誘いがあったのだとしても、A氏はけっきょく誘いに応じなかったのだから、会社に実害は生じていない。
そしてA氏への勧誘があったという事実が、他の従業員への勧誘もあったに違いないといえる証拠となるわけでもない。
売り上げが減っていない

アオバさんによる引き抜き行為があったのだとしても、その前後でむしろ会社の売り上げは増えている。

会社がすぐに代わりの人材を採用していることからも、明らかに会社は大きな損害を受けておらず、引き抜きは違法行為にあたるほどのものではない。

最終的に問題になるのは、会社がどれだけの損害を受けたかです。

引き抜きの規模が大きくない
従業員が200人いる会社からアオバさんが5人を引き抜いたところで、会社に大きなダメージはない。

従業員が10人の会社から5人を引き抜くのと、200人の会社から5人を引き抜くのとでは、行為の悪質性は変わってきます。

会社は、

全部で200人といっても、〇〇部門の△△チームには10人しかいなかった。そのうちの5人を引き抜いたんだから会社の受けた打撃は大きかった!

といった主張でこちらの悪質性を強調してくることがありますが、

チームのメンバーは10人でも部門全体では100人以上おり、人材の補充は容易であった。
会社の平均勤続年数は3年と短く、会社は常に人材を募集していた。従業員の入れ替わりもチームの再編も当たり前に起きていた。

といった反論ができるかもしれません。

地位の高い者を引き抜いていない
アオバさんの引き抜いたA氏は、特に高い地位にあった者ではない。

エース級の人材や幹部を引き抜くのと、そうでない者を引き抜くのとでは、行為の悪質性は変わってきます。

会社は、

優秀な社員を狙い撃ちにして引き抜きを行ってるじゃない!
アオバが引き抜いたAは、〇〇部門のNo.2だったのよ!

といった主張でこちらの悪質性を強調してくることがありますが、

アオバさんは懇意にしていた元同僚に声を掛けただけであり、成績で上回る社員は他にいた。
会社の組織図によればアオバさんが引き抜いたA氏に肩書きはなく、部門のNo.2でもなければ管理職でもない。

といった反論ができるかもしれません。

退職から時間が経過している
アオバさんが引き抜きを行ったのは、退職から1年も経った時のことである。

顧客奪取のところでも述べましたが、退職から時間が経過するほど、行為の悪質性は弱まります。

損害額が過大だ
アオバさんによる引き抜き行為が違法であったとしても、会社の主張する損害額は過大だ。

こちらが従業員を引き抜いたことにより、いくらの損害が会社に発生したのかを巡って、会社と激しい争いになります。

損害額をどうやって算出すればいいのでしょうか。実はこれといった方法が確立されているわけではなく、裁判官にとっても難しい判断となるでしょう。

であるからこそ、この部分での争いは非常に重要といえます。

アオバが〇〇部門のエースだったAを引き抜いたせいで、うちは〇〇の事業を継続できなくなった。損害額は1000万円だ!
それは会社がA氏の後任を育てていなかったことが原因であり、そちらの事情である。
事業停止は会社の経営戦略、事業選択の結果にすぎない。
引き抜きがなければ従業員はあと3年はうちで働いたはずだから、3年分の利益を賠償しろ!
業界の離職率は高く3年働いたであろうという見立てに根拠がない。また3年分の利益の計算方法も不合理である。
会社は新たな人材を補充して利益をあげることができる。 会社が3年何もしないことを前提に賠償額を主張するのは不当である。
アオバによる引き抜きが原因で会社の利益は月500万減っている。その2年分を賠償請求する!
業務の中心だったアオバさんが退職したのだから、利益が減るのは当然である。 アオバさんがいた頃の売り上げや利益を基準に損害額を算出するのは不当だ。
2年の根拠も不明である。会社が引き抜きによるダメージから体制を立て直すのに2年もの歳月は必要ない。

【前のページ】  « 競業避止義務 就職の制限

代表弁護士加地弘

文責:青葉法律事務所弁護士 加地弘

この10年以上、ほとんど労働事件ばかりを扱ってきました。相談に始まり裁判まで多くの経験を積んでいます。 区役所、上場企業などでセミナー・講演多数。 2016年から労働局の東京都労働相談情報センターからの依頼で、セミナー講師を務めてもいます。

このページの先頭へ