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競業避止義務を課していいのは、保護すべきノウハウや機密情報などが会社にある場合です。ではどのようなものが保護に値する機密とみなされるのか、そうした情報は2023年7月現在、Webにほとんど見当たらないようであり、有益な情報だろうと思い、このページを書きました。

競業避止義務で保護されるノウハウや情報

  • 退職後に独立やライバル企業への転職をしない(就職制限)
  • 退職後に顧客を奪ったり従業員の引き抜きをしない(勧誘制限)

といった競業避止義務契約は、退職者の職業選択の自由という基本的人権を制限するので、たとえ合意があっても、簡単に有効となるものではありません。

とりわけ最初のケース、すなわち・・

  • 退職後に独立やライバル企業への転職をしない

という契約は、基本的人権を制限する度合いが強いので、その有効性がより厳しめに判断されます。

裁判所はいろいろな要素を考慮するわけですが、つまるところ本質は、労働者の職業選択の自由と、会社の利益を保護する必要性のどちらを優先すべきかということなので、

競業避止義務が認められなければ会社は大ダメージを受けてしまいますよ。そんなのひどいじゃないですかぁ。

を会社は裁判官にアピールする必要があります。 保護すべき正当な利益が会社にあるかどうか、がみられます。

Point

「保護すべき正当な利益」が会社にあるかどうかが重要。

とはいえ会社が、

ただでさえ経営苦しいのに、独立されてこれ以上ライバルが増えたらたまりませんよ〜。

だの

まだ家のローンが残ってるんですよ〜。

だの言ったところで、まぁあまり意味はありません。

お気持ちはわかりますが、そこは自由競争ですから。

で終わりです。会社にとっての「保護すべき正当な利益」とはそういうことではありません。ポイントとなるのは、

うちの会社の技術を元社員がライバル会社に流出させるなんて許してはダメですよね?そんなのアンフェアですよね、裁判長?

といえるかどうかです。そこが重要です。

会社がお金と時間をかけて作り上げた技術やノウハウ等を、元社員が労せずして他社で利用するのはいかにもアンフェアです。

それは自由競争とはいえません。競争はフェアであることを前提とするものだからです。

つまり、会社に独自の技術やノウハウといった機密情報があったのかどうかが裁判で争われるわけで、大した機密がないのであれば、

その程度のものを守るために労働者の基本的人権を制限することはできません。競業避止義務契約は無効です。

と判断され、会社は負けることになるでしょう。

守るべき独自の技術やノウハウがあるわけじゃないけど、優秀な社員にはライバル会社に就職してほしくない。それは絶対に叶わないことなの?
よほど高額の代償と引き換えにそうした契約を結んだのであれば認められないこともないと思いますが、かなりイレギュラーなケースといえます。

保護されるべき技術・ノウハウ・情報とは

では競業避止義務契約で保護されるべき会社の技術やノウハウとは、どういうものをいうのでしょうか?

典型的には、科学の分野における先端技術です。

自社の先端技術がライバル企業や外国に流出したと聞いて、いい気持ちになる人はいないでしょう。 高度な科学技術こそ、競業避止義務契約で保護すべきものの代表格です。

またそうした科学技術については、

うちの会社の技術は〇〇が他社より20%優れているんですよ。

といった具合に、自社の優位性を主張しやすいので、会社にとって裁判で有利といえます。

Point

先端技術は、保護すべき正当な利益と認められやすい。
つまりそういういかにも理系の技術みたいなものじゃないと、価値のある機密だと認められにくいってことかしら?

といえばそんなこともなく、文系の・・といいますか、先端技術とは関係なさそうな会社についても、機密情報の価値は認められます。

大きく次の2つがあります。↓

  • 独自のノウハウ
  • 顧客情報など

独自のノウハウ

ビジネスで成功するためには他社との違いを打ち出す必要があるのですから、どんな企業にも多かれ少なかれ独自のノウハウはあるでしょう。

そうしたノウハウは、保護すべき機密情報として認められる可能性があります。

とはいえ何でもかんでも価値があると認められるわけではなく、

退職者の基本的人権を制限してまで守る必要のある高度なノウハウなんですか?

が問われることになります。

そして、自社のノウハウのどこが優れているのかを言葉で説明するのは、簡単ではないことが多いでしょう。

うちの学習塾は20年の経験から、生徒のレベルに応じて適切な教材を使い、体系的かつ理論的な指導で成績を向上させる独自の教育メソッドを持っているのです。

などと言ったところで、まぁあまり中身がない言葉であるとの印象は否めません。

言葉で説明されてもよくわからないので、裁判官は、会社の実績などの客観的な材料から、ノウハウの価値を推定していくことになります。

うちのコンサルティング会社は、多くの顧客を抱えおかげさまで業績も絶好調。みなさんご存じのあの大企業だってうちのお客さんなんですよ。

と言われれば、何か特別なものを持っている会社なのか、と想像してしまいやすいところはあるでしょう。

Point

会社の実績は、ノウハウの価値を判断する材料になりうる。

専門性の高い分野の会社は、やはり高度なノウハウを持っていると推定されやすい傾向があると感じます。 横文字が並ぶいかにも難しそうな分野などのことです。

教育分野でいうならば、初学者向けの教育より上級者向けの教育のほうが、指導ノウハウの価値が認められやすいといえます。

初心者に教える方が難しいんだよ?

も一理ありますが、一般的に初学者をターゲットにした会社や教材ほど世にあふれているものなので、他社との違いをアピールすることが難しくなります。

逆に上級者向けほどニッチな市場となるのであり、お客を取られたときの会社のダメージが大きいという点もまた、競業避止義務が認められる方向に働く材料といえます。

Point

専門性の高い分野の会社には、高度なノウハウがあることが認められやすい。

会社が従業員に体系的な指導をしていたのか、も1つの判断材料になるでしょう。

会社はよく、

うちの会社には、営業のやり方1つとっても独自のノウハウがあるんだ!

のようなことを言うのですが、

そんなノウハウ教わったことないですよ。営業のやり方は個人任せでした。

では説得力がありません。

Point

高度なノウハウがあったのなら、体系的な指導がなされていたはず。

退職者が転職をして、その会社で最初から相当に高い地位や報酬を得ることは、

(よほど元の会社に高度なノウハウがあり、そのノウハウ目当ての引き抜きだったのではないか・・?)

と疑わせる材料になるでしょう。とりわけ、転職後の会社が、引き抜いた人材を責任者に指名する形で新事業を興した場合は、

(自分たちにノウハウがないものだから、他社の人材をノウハウごと引き抜いたのか・・?)

と、背信性の点でも退職者の側に不利に働くでしょう。

Point

退職者の転職後の待遇は、ノウハウの価値を判断する材料になる。

顧客情報など

先端技術やノウハウと同様に、顧客情報や会社の内部情報が、会社の保護すべき利益だと認められることもあります。

会社の顧客情報を使って退職後に営業をかけるのはずるいではないか!

というわけです。

とはいえ、どんな情報にも価値があると認められるわけではありません。 電話帳をめくるだけで手に入るような顧客情報なら価値がありません。

Point

簡単に手に入る情報は、競業避止義務契約で保護すべき利益といえない。

簡単には取れない情報であっても、営業にあまり役立ちそうにない情報であれば、ことさら会社の保護すべき利益とはみなされないでしょう。

アオバはうちの商品の原価や利益率を知っている。これは関係者にしかわからない会社の機密情報だ!

と言ってみたところで、

それが漏れると、会社はなにか深刻な被害をうけるのですか?
・・・・

Point

営業と関係のうすい情報は、競業避止義務契約で保護すべき利益とみなされにくい。

情報を厳重に管理していたことを会社はよく主張してきます。

会社は顧客情報を厳重に機密として管理していた。 そのぐらい貴重な情報をアオバは知る立場にあった!

だから競業避止義務を課すのは正当なんだ、というわけです。 退職者が知っている情報の価値を、こういう形で間接的にアピールしてきます。

厳重に管理していたのなら有益な情報だろう、と裁判官が単純に考えるわけではありませんが、会社に有利な方向に働く材料とはいえます。

Point

厳重に管理されていたことは、情報の価値を高める1つの材料ではある。

反対に、情報が多くの従業員にアクセス可能だったのなら、その情報の持つ価値はマイナスに見られてしまうでしょう。

とりわけ、会社が情報を顧客に見せていたり、公開資料やWebサイトの素材にしていた、などの事実があると、機密情報とみなすのは難しくなるでしょう。

Point

会社が自ら開示したことのある情報は、機密とみなすのが難しい。

従業員の頭の中にあるに過ぎない顧客情報などよりも、紙やデータとして存在する情報のほうが会社の所有物という意味合いが増します。

情報の価値にかかわらず、会社の所有物を持ち出すのは良いことではありません。それが発覚した場合、直ちに違法とはならないものの、裁判官からの印象は悪くなるでしょう。

Point

現物の情報の持ち出しは、退職者を不利にする。

とはいえ、従業員がほとんど自分の力だけで築いた顧客情報などは、会社の財産であると言いがたくなってきます。

うちの顧客リストを使うのは許さん!
そもそもぼくが作ったリストじゃないですか!

近頃ではSNSなどを使い、従業員がほとんど独力で顧客を見つけてくるケースも珍しくないでしょう。

Point

個人が築き上げた情報は、会社の財産とみなされないかもしれない。

ときどき会社は、

顧客の個人情報を保護するために、ライバル会社への転職を禁止する必要がある!

と言ってきます。個人情報保護を大義名分とするわけですが、なかなか苦しい主張です。 個人情報は守秘義務で保護すれば足ります。

守秘義務だけだと本当に守っているのかこちらにはわからない!

という言い分も理解できなくはありませんが、それを認めると競業避止義務契約の有効範囲が広くなりすぎてしまうでしょう。

うちは国家機密も扱うような仕事だからね!

なら、わからないこともありませんが、国家機密はライバル会社にさえ漏れなければいいというものなのでしょうか?競業避止義務契約で保護しようというのは不自然です。

競業避止義務はあくまで会社の財産を不当に奪われるのを防ぐためのものであり、顧客のためのものではありません。

Point

個人情報保護は競業避止義務を正当化する理由になりづらい。

営業担当者と顧客の親しい人間関係も、広い意味で会社の財産とされることがあります。

出版業界では、作家と担当者の信頼関係が重要なんです。 アオバは多くの作家と親しくしているから、転職したら作家を奪われてしまいますよー。

といった主張が通り、競業避止義務の正当性が認められるというケースです。

会社の業務を通じて築き上げた人脈なのだから会社のものだ、という理屈はわかる一方で、 完全に会社の財産とみるのには疑問があります。

顧客と接する機会さえあれば誰でも信頼を得られたわけではないでしょう。 営業担当者の努力や人柄あってこそですから、その担当者個人の財産であるとみることもできます。

顧客との関係性がものをいうのであれば、一従業員の影響力が強くなりすぎないよう会社が担当者をひんぱんに交代させればよかったのではないですか?
・・・・

会社がリスクマネジメントを怠っただけ、とみることもできるのです。

Point

人間関係が会社の財産とみなされることもありうるが、疑問もある。

なお、退職者が顧客情報を知っていることを理由に競業避止義務を課したいのなら、退職後の顧客への営業だけ禁止すれば充分なはずです。

ライバル会社への転職まるごとを禁止するのは、不必要に基本的人権を制限しようとしているとみなされるかもしれません。

Point

顧客情報だけで就職制限まで請求するのは、会社にとってハードルが高い。

じっさいの裁判例

貴重な技術やノウハウ・情報だと裁判で判断されたケース、されなかったケース、を並べてみます。

機密の価値が認められたケース

H事件 (平成23年6月15日)

【機密の種類】
マンション管理会社の顧客リスト

【概要】
在職中に持ち出したリストを利用し、退職後に顧客を(多く)奪ったことが違法とされた。

M仮処分事件 (平成21年10月23日)

【機密の種類】
金属加工の技術

【結果】
機密情報としての価値が認められた。

【プラス要素?】
業界に先駆けた実績があった。各社が独自のノウハウを持っている、と業界の教科書に記載されていた。

B事件 (平成21年5月19日)

【機密の種類】
コールセンター事業の経営戦略・ノウハウ、顧客との関係など

【概要】
ノウハウ等の内容について会社側から具体的な主張はなかったようだが、21年間も代表取締役の地位にいたのだから色々知っているだろうという理由で、機密情報としての価値が認められた。

P事件 (平成18年5月24日)

【機密の種類】
PMコンサルティング会社の指導ノウハウ

【結果】
ノウハウの価値について会社側からさほど掘り下げた主張はなされなかったようにも見えるが、機密としての価値が認められた。

【プラス要素?】
比較的ニッチな分野でありそうなこと。業界最大手の地位。豊富なコース。ノウハウの流出を防ぐために教材を受講者からつど回収していたこと。

C事件 (平成17年10月28日)

【機密の種類】
モデル事務所の在籍モデルリスト

【概要】
在職中に持ち出したリストを利用し、退職後にモデルを(多く)奪ったことが違法とされた。

【プラス要素?】
リストには、競業スポンサーの仕事を避けるために、モデルごとに多くのデータが記録されており、情報価値が高かったと思われること。

T事件 (平成16年9月22日)

【機密の種類】
医療広告業の案件情報、顧客情報、製品価格等

【概要】
情報の価値について会社側から具体的な主張はなされなかったようにも見えるが、機密情報としての価値が認められた。

【プラス要素?】
比較的ニッチな分野でありそうなこと。

L事件 (平成7年10月16日)

【機密の種類】
司法試験塾の指導ノウハウ、営業ノウハウ、受講生のデータなど

【概要】
特定の者だけがアクセスできるデータベースに多くの情報が蓄積されており、機密情報としての価値が認められた。

【備考】
他の理由で、裁判は会社側が敗訴している。

F事件 (昭和45年10月23日)

【機密の種類】
化学資材の製造技術

【概要】
会社が製造方法を機密とし、その保護に努めていたこと、同じ性能の資材を作るのが難しいこと、を会社が立証し、機密情報としての価値が認められた。

E事件 (令和元年11月28日)

【機密の種類】
英会話の教授法、英会話教室フランチャイズ店舗の運営ノウハウ

【概要】
ノウハウの具体的な内容についてはさほど掘り下げられなかったようだが、ノウハウが一般的なものである証拠は存在しないという理由で、機密情報としての価値が認められた。

【プラス要素?】
大手英会話スクールであること、教材が豊富であったこと。

エレベーター会社事件 (平成29年5月29日)

【機密の種類】
エレベーター会社の顧客情報・取引情報・価格情報

【概要】
情報の価値について会社側から具体的な主張はなされなかったようにも見えるが、機密情報としての価値が認められた。

【備考】
元従業員の退職の仕方に問題があり、会社有利に働いた模様。

機密の価値が認められなかったケース

D事件 (平成20年11月26日)

【機密の種類】
CD販売業の仕入れ先情報

【概要】
インターネット等で入手可能な情報であるとして、機密情報としての価値が認められなかった。

A事件 (平成19年10月5日)

【機密の種類】
歯科医専門リサイクル業の顧客リスト・価格情報

【概要】
顧客となる歯科医の連絡先を調べるのは容易であり、またリサイクルする貴金属の価格は相場で決まるものにすぎないとして、機密情報としての価値が認められなかった。

押し花教室事件 (平成18年12月13日)

【機密の種類】
押し花教室の指導ノウハウ

【概要】
ノウハウの内容について会社側から立証がなく、機密情報としての価値が認められなかった。

A事件 (平成18年10月5日)

【機密の種類】
特許事務所の顧客の特許情報

【概要】
顧客への守秘義務を果たすために従業員の競業避止義務が必要、という会社の主張が認められなかった。

中古車販売業事件 (平成14年10月9日)

【機密の種類】
中古車販売業の営業ノウハウや顧客情報

【概要】
中古車の査定方法や、インターネットで販売するというビジネスモデルなどに、機密情報としての独創性が認められなかった。 顧客情報についても、中古車を買い取る業者は数が限定されており、情報を使わずとも入手できるものとされた。

K事件 (平成12年6月19日)

【機密の種類】
商品検査業における顧客とのつながり

【概要】
顧客との緊密な関係を利用して退職後に顧客(1社)を奪ったのは違法である、という会社の主張が認められなかった。

R事件 (令和4年5月13日)

【機密の種類】
システムエンジニア派遣会社の経営上・営業上・技術上の情報など

【概要】
自らシステム開発を行うわけでもない派遣会社にどのような機密があるのか不明とされた。

【備考】
退職者は派遣社員として働いていた者であり、会社の顧客リストなどを入手できる立場ではなかった。

A事件 (平成31年3月25日)

【機密の種類】
人材派遣会社の営業ノウハウ

【概要】
人材派遣会社が、メッセージアプリで人材募集をするという手法を独自のノウハウと主張したが、認められなかった。

【備考】
もともと独自のノウハウと呼べるものか疑問だが、そのうえこの手法は、退職者が考案し個人で行っていたことであった。

L事件 (令和2年11月11日)

【機密の種類】
保健代理業の顧客情報

【概要】
退職後に顧客(1社)を奪ったのは違法であると会社は主張するも、もともと退職者が個人でとった顧客であったことから、会社の保護利益は少ないとされた。

【結果】
その他の要素を考慮し、一審は会社の請求をかなり限定的にだが認めている。二審は会社が敗訴。

A事件 (令和3年1月25日)

【機密の種類】
インテリアやホイール等のリペア技術、営業ノウハウ

【概要】
ノウハウはおおむね一般的なものに過ぎないとして、機密情報としての価値を否定的に捉えられた。

【備考】
しかし裁判では競業避止義務が制限つきで有効とされた。労働契約ではなくフランチャイズ契約であったことが会社有利に働いた可能性あり。

G事件 (令和4年8月9日)

【機密の種類】
IT企業が有するAIについての情報

【概要】
情報の持ち出しの違法性が争われたが、当該情報は、社員がAIについて勉強するためにWebなどからまとめた基本的なものに過ぎないとして、機密情報としての価値が認められなかった。

R事件 (令和元年10月9日)

【機密の種類】
鍵会社の有する独自の開錠装置

【概要】
30万円ほどで会社自身が装置を販売しており、それを使った開錠講座も開いていたことから、機密としての価値を否定的に捉えられた。

代表弁護士加地弘

文責:青葉法律事務所弁護士 加地弘

この10年以上、ほとんど労働事件ばかりを扱ってきました。相談に始まり裁判まで多くの経験を積んでいます。 区役所、上場企業などでセミナー・講演多数。 2016年から労働局の東京都労働相談情報センターからの依頼で、セミナー講師を務めてもいます。

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